ランボオ訳集「サーカス」より抜粋 |
幾時代かがありまして
茶色い戰爭ありました
幾時代かがありまして
冬は疾風吹きました
幾時代かがありまして
今夜此處での一(ひ)と殷(さ)盛(か)り
今夜此處での一と殷盛り
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2008.12 |
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ランボオ訳集「幸福」より抜粋 |
季節(とき)が流れる、城塞(おしろ)が見える、
無疵((むきず))な魂(もの)なぞ何處にあらう?
季節(とき)が流れる、城塞(おしろ)が見える、
私の手がけた幸福の
秘法を誰が脱(のが)れ得よう。 |
2008.11 |
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「臨終」より抜粋 |
窓際に髪を洗へば
その腕の優しくありぬ
朝の日は澪れてありぬ
水の音したたりていぬ
町ゝはさやぎてありぬ
子等の声もつれてありぬ
しかはあれ この魂はいかにとなるか?
うすらぎて 空となるか? |
2008.10 |
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「秋の夜空」より抜粋 |
ほんのり明るい上天界
遐き昔の影祭、
しづかなしづかな賑はしさ
上天界の夜の宴。
私は下界で見てゐたが、
知らないあひだに退散した。 |
2008.9 |
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「夏」より抜粋 |
空は燃え、畑はつづき
雲浮び、眩しく光り
今日の日も陽は炎(も)ゆる、地は睡る
血を吐くやうなせつなさに。
嵐のやうな心の歴史は
終焉(をは)つてしまつたもののやうに
そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののやうに
燃ゆる日の彼方(かなた)に睡る。 |
2008.8 |
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「逝く夏の歌」より抜粋 |
風はリボンを空に送り、
私は嘗(かつ)て陥落した海のことを
その浪のことを語らうと思ふ。
騎兵聯隊や上肢の運動や、
下級官吏の赤靴のことや、
山沿ひの道を乗手(のりて)もなく行く
自転車のことを語らうと思ふ。 |
2008.7 |
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「六月の雨」より抜粋 |
またひとしきり 午前の雨が
菖蒲のいろの みどりいろ
眼(まなこ)うるめる 面長き女(ひと)
たちあらわれて 消えてゆく
たちあらわれて 消えゆけば
うれひに沈み しとしとと
畠の上に 落ちてゐる
はてしもしれず 落ちてゐる |
2008.6 |
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「黄昏」より抜粋 |
渋つた仄暗い池の面で、
寄り合つた蓮の葉が揺れる。
蓮の葉は、図太いので
こそこそとしか音をたてない。
音をたてると私の心が揺れる、
目が薄明るい地平線を逐ふ……
黒々と山がのぞきかかるばつかりだ
――失はれたものはかへつて来ない。
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2008.5 |
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「春の日の夕暮」より抜粋 |
トタンがセンベイ食べて
春の日の夕暮は穏かです
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮は静かです
吁! 案山子はないか――あるまい
馬嘶くか――嘶きもしまい
ただただ月の光のヌメランとするまゝに
従順なのは 春の日の夕暮か |
2008.4 |
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「朝の歌」より抜粋 |
天井に 朱きいろいで
戸の隙を 洩れ入る光、
鄙びたる 軍楽の憶ひ
手にてなす なにごともなし。
小鳥らの うたはきこえず
空は今日 はなだ色らし、
倦んじてし 人のこころを
諌めする なにものもなし。 |
2008.3 |
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「雪の宵」より抜粋 |
青いソフトに降る雪は
過ぎしその手か囁きか 白秋
ホテルの屋根に降る雪は
過ぎしその手か、囁きか
ふかふか煙突煙吐いて、
赤い火の粉も刎ね上る。
今夜み空はまつ暗で、
暗い空から降る雪は……
ほんに別れたあのをんな、
いまごろどうしてゐるのやら。
ほんにわかれたあのをんな、
いまに帰つてくるのやら |
2008.2 |
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「雪の賦」より抜粋 |
雪が降るとこのわたくしには、人生が、
かなしくもうつくしいものに――
憂愁にみちたものに、思へるのであつた。
その雪は、中世の、暗いお城の塀にも降り、
大高源吾の頃にも降つた……
幾多々々の孤児の手は、
そのためにかじかんで、
都会の夕べはそのために十分悲しくあつたのだ。 |
2008.1 |
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−「ゆきてかへらぬ――京 都――」より抜粋 |
僕は此の世の果てにゐた。陽は温暖に降り洒((そそ))ぎ、風は花々揺つてゐた。
木橋の、埃りは終日、沈黙し、ポストは終日赫々((あかあか))と、風車を付けた乳母車、いつも街上に停つてゐた。
棲む人達は子供等は、街上に見えず、僕に一人の縁者なく、風信機(かざみ)の上の空の色、時々見るのが仕事であつた。
さりとて退屈してもゐず、空氣の中には蜜があり、物體ではないその蜜は、常住(じょうじゅう)食すに適してゐた。
煙草くらゐは喫つてもみたが、それとて匂ひを好んだばかり。おまけに僕としたことが、戸外でしか吹かさなかつた。
さてわが親しき所有品(もちもの)は、タオル一本。枕は持つてゐたとはいへ、布團ときたらば影だになく、齒刷子(はぶらし)くらゐは持つてもゐたが、たつた一册ある本は、中に何にも書いてはなく、時々手にとりその目方、たのしむだけのものだつた。
女たちは、げに慕はしいのではあつたが、一度とて、會ひに行かうと思はなかつた。夢みるだけで澤山だつた。
名状しがたい何物かゞ、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴つてゐた。
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2007.12 |
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−「一つのメルヘン」より抜粋 |
秋の夜は、はるかの彼方に、
小石ばかりの、河原があつて、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射してゐるのでありました。
陽といつても、まるで硅石か何かのやうで、
非常な個體の粉末のやうで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音を立ててもゐるのでした。 |
2007.11 |
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−「盲目の秋」より抜粋 |
せめて死の時には、
あの女が私の上に胸を披(ひら)いてくれるでせうか。
その時は白粧(おしろい)をつけてゐてはいや、
その時は白粧をつけてゐてはいや。
ただ静かにその胸を披いて、
私の眼に輻射してゐて下さい。
何にも考へてくれてはいや、
たとへ私のために考へてくれるのでもいや。
ただはららかにはららかに涙を含み、
あたたかく息づいてゐて下さい。
――もしも涙がながれてきたら、
いきなり私の上にうつ俯して、
それで私を殺してしまつてもいい。
すれば私は心地よく、うねうねの暝土(よみぢ)の径を昇りゆく。 |
2007.10 |
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−「秋」より抜粋 |
昨日まで燃えてゐた野が、
今日茫然として、曇つた空の下につづく。
一雨毎に秋になるのだ、と人は云ふ
秋蝉は、もはやかしこに鳴いてゐる、
草の中の、ひともとの木の中に。
僕は煙草を喫ふ。その煙が
澱んだ空気の中をくねりながら昇る。
地平線はみつめようにもみつめられない
陽炎の亡霊達が起つたり坐つたりしてゐるので、
――僕は蹲んでしまふ。 鈍い金色を滞びて、空は曇つてゐる、――相変らずだ、――
とても高いので、僕は俯いてしまふ。
僕は倦怠を観念して生きてゐるのだよ、
煙草の味が三通りくらゐにする。
死ももう、とほくないのかもしれない…… |
2007.09 |
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